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主要論文の概要

​木村の全業績は以下をご覧下さい:Google Scholar, Publons, Researchmap

8. Electric Shock Causes a Fleeing-like Persistent Behavioral Response in the Nematode Caenorhabditis Elegans. Tee LF, Young JJ, Maruyama K, Kimura S, Suzuki R, Endo Y, Kimura KD. Genetics (2023) [論文][プレスリリース][関連ツイート]

- 数年前に神経科学分野の定義に沿った「意思決定」を線虫が行うと発表しましたが(https://doi.org/10.7554/eLife.21629)、今回は「感情」の原型が線虫にもあるかもしれないというお話。本格的な研究に到るまでの過程は[関連ツイート]を見て頂くとして、ここでは論文の内容だけを。

- ふと「ネズミとかでは『嫌な刺激』として電気刺激を使っているけど、C. elegansを電気刺激したらどうなる?」と思い立って実験をしてみると、なんと見たことも無いスピードで走り出しました。面白かったのは、電気刺激を止めても、そのままずっと走り続けていたこと。

- 一般に、刺激が止まったら、神経活動も止まります。(でないと、目を閉じても光が見えたり、音が止んでもずっと聞こえている感じがします。)ただ、刺激は一時的でも神経活動は持続する場合があって、それは「記憶」「意思決定」「感情」という興味深い脳機能に関連している場合が多いです。(「記憶」はたぶん分かりますよね。「意思決定」は超簡単に説明すると、「悩んでる間は判断のための情報が脳の中に保持されている」。「感情」は、一瞬の出来事でしばらく幸せになったり落ち込んだりする。)

- C. elegansは脳を構成する神経回路がシンプルで解析しやすいし、遺伝子との関係も分かりやすいので、「神経活動の持続性の仕組み」を研究するのに良いだろう、とこの研究を深掘りすることにしました。

- さまざまな遺伝子に関して実験を行った結果、「これまでに知られている『刺激を感ずる遺伝子』はどれも関係していなさそう」「最近硬骨魚の電気を感ずる器官で発見されたのと同じ遺伝子(L型VGCC)が電気刺激の関知に関連しているかも」「ドーパミンやセロトニンは関係していないが、神経ペプチドは『走り続けるのを適切に終える』という仕組みに必要」など、いろいろと予想外のことが明らかになりました。さらに、10年ほど前に発表された「感情の基本要素」4つのうち、3つまでを満たすので、もしかしたら我々は感情の原型を見ているのかも知れないです。

- 簡単な論文は無いですが、この論文もいろいろ大変でした。マレーシアからの国費留学生だったLing Feiさん、神経科学も遺伝学も電気回路組み立ての経験も無かったのですが、本当によく頑張りました。サバティカルで来てくれたJaredさん、絶妙にコロナをすり抜けてLing Feiさんと一緒に実験してくれました。丸山君と木村君、恐ろしいほどうまくいかなかったrevisionを粘りに粘って最後にモノにしてくれました。名市大での実験初期に頑張ってくれた鈴木君、阪大での探索期に貢献してくれた遠藤君と津田さんにも深く感謝しています。

- この論文は「始まり」です。さて、この研究、一体どこまで大きく育ってくれるのか?

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7. Neural Mechanism of Experience-Dependent Sensory Gain Control in C. elegans. Ikejiri Y, Tanimoto Y, Fujita K, Hiramatsu F, Yamazaki SJ, Endo Y, Iwatani Y, Fujimoto K, Kimura KD. Neurosci Res (2023) [論文][プレスリリース][解説ツイート][日経での記事]

- 感覚ニューロンの活動パターンが経験依存的に変化して、その変化に対して数理モデルを使うことで分子メカニズムまである程度予測できた、という論文です。

- 2-ノナノンというC. elegansが嫌いな匂いを感ずるニューロンとして、匂い濃度上昇はASHニューロンが微分的に、匂い濃度減少はAWBニューロンが漏れ積分的に反応する、ということがTanimoto et al., eLife 2017で分かりました。2-ノナノンに対する応答行動は、事前に2-ノナノンを嗅ぐことでより強くなる(同じ時間に遠くまで逃げる)ことが分かっていたので、ASHニューロンやAWBニューロンの応答性も変わるかどうかを調べてみました。

- すると、AWBは変わらなかったのですが、ASHの方は興味深い変化がありました。ASHは元々わずかな匂い上昇にも大きな匂い上昇にもはっきりと反応していたのですが、匂いを嗅がせた後は「わずかな匂い上昇には小さく反応するが、大きな匂い上昇には大きく反応する」と、応答性を変化させていたことが分かりました。(このような応答性の変化を「ゲイン調節」と呼びます。)行動レベルとの対応を調べた所、「黄色の信号は無視して突っ切る」というような戦略によって同じ時間で遠くまで逃げているようでした。

- 次に、この変化がどのように起きているかを調べてみると、「微分的」と考えていたASHニューロンの活動パターンは、匂い濃度の「一階微分と二階微分の和の漏れ積分」という式で表すことができ、しかも匂いを嗅ぐと二階微分の項だけが消失する、ということが今回分かりました。

- では、どのような遺伝子がこのような細胞活動に関与しているのでしょうか?AWBニューロンにおいて、一階微分の漏れ積分に関しては、L型膜電位依存性カルシウムチャネルがその役割を果たすことが前述のTanimotoらの研究から明らかになっていました。結局、二階微分の役割を果たす遺伝子は分からなかったのですが、Gタンパク質シグナル伝達に関わる2つの遺伝子が匂い経験依存的な二階微分の項の消失に関わるらしいことは分かりました。

- 実は、「一階微分と二階微分の和の漏れ積分」ということは比較的早い時期から分かっていたのですが、匂い刺激の与え方によって各項の係数が全く異なり、ここの解決にずいぶん時間が掛かりました。結局「刺激の与え方によって係数が変化する(例えばイオンチャネルの開き方などが変わる)」という考え方を取り入れることで、我々としてはかなりすっきりと説明することができました。(数理モデルの専門家には渋い顔をされますが…)

- この論文は、阪大での研究の集大成のような形になりました。研究室発足当時のメンバーのさまざまなデータが1つの論文にまとまったり、阪大での研究をがっつり支えてくれた新学術領域「生物移動情報学」の岩谷先生に初期の数理モデル研究を支えて頂きました。そして、阪大に共にテニュアトラック准教授として着任してずっとお隣さんだった藤本さんに最後の仕上げの所をかなり付きあっていただいて、そもそも「数理生物の論文の書き方」という所から教えて頂いた、などなどというさまざまな点で、非常に感慨深い論文になりました。

- この論文、我々の予想以上に反響があり、日経に取り上げて頂いたり、掲載されたNSR誌の2024 Best Paper Award(2023に掲載された全論文が対象)に選ばれたり、定量生物の会によんで頂いたりしました。筆頭著者の池尻君は係数の所でかなり粘って岩谷先生や藤本さんともずっとやりとりしていたので、「頑張っていたら良いことあるんだな」と改めて思わせてくれる論文となりました。

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6. 3DeeCellTracker, a deep learning-based pipeline for segmenting and tracking cells in 3D time lapse images. Wen C, Miura T, Voleti V, Yamaguchi K, Tsutsumi M, Yamamoto K, Otomo K, Fujie Y, Teramoto T, Ishihara T, Aoki K, Nemoto T, Hillman EMC, Kimura KD. eLife (2021) [論文][日本語紹介記事]

- さまざまな顕微鏡技術が飛躍的に発達したことによって、たくさんの細胞の活動を体の中に近い三次元の状態でビデオ記録することが簡単になってきました。しかし三次元ビデオの中の数多くの細胞を追跡するソフトを作ることはとても困難であり世界中の多くの研究室で「細胞活動の三次元ビデオ」のビッグデータは解析されないままどんどん蓄積していました。

- 当研究室のWen博士は、「深層学習」と呼ばれる人工知能技術を用いることで、三次元ビデオデータ中の数多くの細胞をほぼ自動的に追跡することに世界で初めて成功しました。生命科学研究の画像データの解析では一般的に数多くのパラメータ設定が必要ですが、本プログラムは深層学習を用いているのでこの調整がすぐに済みます。さらに、深層学習技術が持つ高い柔軟性のために、日本や米国のさまざまな研究室の大きく異なる最先端顕微鏡によって撮影された線虫の脳の神経細胞熱帯魚ゼブラフィッシュの心筋細胞(共におよそ100 個)、そしておよそ1000 個のガン細胞三次元集団をわずかな設定の変更によって追跡および解析することができました。

- 現在、人工知能技術を用いたビッグデータ解析などによって生命科学研究のデジタルトランスフォーメーションをめざす「バイオDX」が注目を集めています。解析されないまま蓄積されている「細胞活動の三次元ビデオ」というビッグデータの自動的かつ大量の解析を可能にする人工知能ソフト3DeeCellTracker は、小型実験生物などを用いた基礎生命科学研究やガン細胞に対する薬剤開発のような応用研究における画像解析のデジタルトランスフォーメーションに大きく貢献すると期待できます。

- 右の図は、eLifeの編集部が作ってくれたCoverです。 

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5. STEFTR: A hybrid versatile method for state estimation and feature extraction from the trajectory of animal behavior. Yamazaki SJ, Ohara K, Ito K, Kokubun N, Kitanishi T, Takaichi D, Yamada Y, Ikejiri Y, Hiramatsu F, Fujita K, Tanimoto Y, Yamazoe-Umemoto A, Hashimoto K, Sato K, Yoda K, Takahashi A, Ishikawa, Y, Kamikouchi A, Hiryu S, Maekawa, Kimura KD.  Front Neurosci (2019) [論文] [大阪大学ResOU]

- 小型で安価なGPS装置やビデオカメラなどによって人や動物の行動の記録は極めて簡単になりました。しかし、それらの行動記録から「なぜそのように行動したのか?」を推測することは困難です。私たちは、複数の人工知能技術を組み合せることで、動物行動の特徴を理解するためSTEFTR(ステフター)法を開発しました。この手法により、シャーレの中を10分で1cm程度だけ移動する線虫も、南極海を1日以上掛けて数キロメートル移動するペンギンも、全く同様に解析してそれぞれの行動状態を90%以上の確率で正しく推定することに成功しました。さらに、実験室内の線虫、ショウジョウバエ、コウモリなどから、学習やフェロモンの経験によって引き起こされた行動の変化を発見し、線虫からは行動変化に関連する神経活動変化も発見しました。この研究成果により、野外動物の移動データから巣や餌場のような「重要な場所」がより容易に推測できること、また実験室内での動物の行動データから重要な脳活動が発見されることなどが期待できます。阪大理学研究科の大学院生だった山崎君が、阪大情報科学研究科の前川卓也准教授のもとに文字通り「弟子入り」して人工知能(機械学習)の技術を身に付け、学位を取得しました。

4. Calcium dynamics regulating the timing of decision-making in C. elegans. Tanimoto Y, Yamazoe-Umemoto A, Fujita K, Kawazoe Y, Miyanishi Y, Yamazaki SJ, Fei X, Busch KE, Gengyo-Ando K, Nakai J, Iino Y, Iwasaki Y, Hashimoto K, Kimura KD. eLife (2017) [論文][大阪大学ResOU]

-「他の匂い/味応答に比べて、この嫌いな匂いからは正しい方向に逃げているのは気のせい?」 そんな単純な疑問からはじまったプロジェクト。C. elegansの行動を測定し、数学的に評価し、シャーレの中で時々刻々と変わる特定の場所の匂い濃度を測定することで、C. elegansが嗅いでいる匂い濃度を推定し、コンピュータ上でシミュレーションすることに成功。これにより、C. elegansが試行錯誤の中で正しい方向を選択していることが分かった。ここまで、大学院生だった山添さんの仕事。

-その結果を元に大学院生谷本くんが、ロボット顕微鏡「オーサカベン2」の上で、精密に匂い濃度を再現して「バーチャル」な匂い空間を移動するC. elegansの神経活動と行動を正確に測定。すると、嫌いな匂い濃度が上昇する時は、神経細胞が「微分」を計算して、ランダムな方向転換モードを素早く開始。このランダムな方向転換の最中にたまたま嫌いな匂い濃度が低下する方向に進むと、今度は「積分」によってその情報を蓄積し、匂い濃度低下の量がある程度のレベルに達したら、方向転換モードをやめて巡航モードを選択することが分かった。

-動物が行動を選択する時に情報を蓄積することは、「意思決定」の神経科学的なモデルと考えられ、サルなどで盛んに研究が行われていた。すなわち驚くべきことに、「行動選択のために情報を蓄積する」という仕組みを、 サル(おそらく人間も)とC. elegansは共通して使っていたことになる。さらに、C. elegansではL型膜電位依存性カルシウムチャネルという遺伝子が「情報の蓄積」に重要なことが明らかになったので、もしかすると我々人間でもこの遺伝子が「意思決定」に関連しているのかもしれない。山添さん、谷本くん以外にも研究室の初期メンバー、および国内外の様々な共同研究者や日本国内の企業の協力によって成し遂げられた成果です。大学院生だった谷本君は、これと1つ前の論文を合わせて学位取得。橋本研との共同研究「オーサカベン」シリーズの第2弾。来年は第3弾か?

3. In actio optophysiological analyses reveal functional diversification of dopaminergic neurons in the nematode C. elegans. Tanimoto Y, Zheng YG, Fei X, Fujie Y, Hashimoto K, Kimura KD. Sci Rep (2016) [論文][大阪大学 ResOU]

- 高速のパターンマッチングによってC. elegans頭部を自動追跡して神経細胞のカルシウムイメージングを行うロボット顕微鏡にプロジェクターを統合し。移動する特定の神経細胞だけをプロジェクションマッピングによる「狙い撃ち」で光遺伝学的に活性化するOSACaBeN (Optogenetic Stimulation Associated with Calcium imaging of Behaving Nematode) システムを、東北大学橋本研と共同開発。このオーサカベンを用いてC. elegansのドーパミン細胞を解析した所、構造的にも機能的にも対象と考えられていた背側ドーパミンニューロンと腹側ドーパミンニューロンのうち、背側ドーパミンニューロンだけが餌による行動変化に関連している事を見出した。橋本研との共同研究「オーサカベン」シリーズの第1弾。

2. Modulation of different behavioral components by neuropeptide and dopamine signalings in non-associative odor learning of Caenorhabditis elegans. Yamazoe-Umemoto A, Fujita K, Iino Y, Iwasaki Y, Kimura KD. Neurosci Res (2015) [論文] [大阪大学理学部研究トピックス]

- 行動パターンの数理的解析と遺伝学的解析を組み合わせる事で、C. エレガンスの忌避匂い学習に2種類の調節性神経伝達物質(ドーパミンと神経ペプチド)が必要であり、さらにそれぞれが全く異なる役割を果たしている事を発見。匂い刺激だけによって引き起こされるシンプルな学習(「非連合学習」)であったため、この事実は非常に予想外であった。大学院生だった山添さんの学位取得の論文。

1. Enhancement of odor-avoidance regulated by dopamine signaling. Kimura KD, Fujita K, Katsura I. J Neurosci (2010) [論文]

- 忌避匂いを嗅がせるとより遠くまで逃げるようになること、またこの現象に特定の介在ニューロンで機能するドーパミンシグナルが必要である事を発見。木村研としての最初の論文。 

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